ようこそ、山口県防府市の昔話のページへ
Welcome to Japanese Folklore
From Houfu-City,Yamaguchi,Japan


防府市の昔話では、2匹のキツネの話が代表的です。
有名でもなく、地味なお話ですが、私は好きなんです。

与三郎キツネと幸之進キツネ

防府市車塚に古墳(前方後円墳)がある。
今は、商店街の中にあるが、大昔は淋しいところであった。
その古墳に老キツネが住んでいた。老キツネだけに化けることがうまかった。
このキツネは、与三郎キツネと名のっていた。
防府市の南に向島(むこうしま)という島がある。
現在は、橋で本州と結ばれている。
その南岸の瀬戸内の景勝のすぐれたところに もう一匹の老キツネがいた。
その名を幸之進キツネという。


 
千石岩
 女山の頂上にある大きな岩を千石岩といいます。このいわれは、昔、女山がまだ島であったころ、この岩に千石船をつないだからだそうです。

海を渡る大蛇
 むかし、西浦の地蔵鼻に一匹の雌の大蛇が住んでいました。一方海を隔てた佐波島にも一匹の雄の大蛇が住んでいました。2匹は恋仲でしたから一緒に住むことを願っていましたが、それぞれ土地の主ですからそこを離れてすむことができません。そのために年に一度、佐波島の雄の方が海を泳いで、地蔵鼻の方へ泳いできていました。大蛇が海を渡るときは、ものすごい波がたったということです。

狐の魚盗み

 むかし、西浦の新堤の周辺には、たちの悪い狐がすんでいました。この狐は魚が大好物だったので、魚商人の売り物をねらっていました。暮れ方になって”かご”をかついで通りかかると、前の方でちょろちょろ、後ろの方でちょろちょろして魚商人の目をだまかして、魚を盗んだそうです。よほど注意をしていても、いつもまにか盗られてしまったそうです。


大びとと金うま
 むかし、そのむかし、田島山がまだ島であっtころ、山の中にひとりの大男と一匹の金うまがすんでおりました。両方とも自分のほうがすぐれていると思いこんで、なにかにつけて口論しあっていました。
 ある日、山の頂に登って西の方を見ますと、海を隔てて大海(秋穂町)の山が見えます。大びとと金うまは、どちらが海をうまく飛び越えるかということになりました。「はいしょ」のかけ声もろともに飛びました。気合いが入っていましたので、両方とも海を飛び越え、向こう岸の山の中腹にたちました。わずかに一間の差で金うまの方が勝ったそうです。今でも大海の山の岩肌には金うまと大びとの足跡が残っています。

感 謝
  • この昔話は母校である防府市立華西(かせい)中学校創立15周年記念出版「地区のあゆみ」(昭和43年発行) から引用させていただきました。
    子供の頃から何回この冊子を読んだでしょうか。
  • キツネのイラストは、則松さんにお願いしました。
ご意見ご感想をお待ちしています。 <taka21@taka21.com> まで。

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