防府出身者・在住者のための情報掲示板2012年No.971

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No. 登録日付 お名前 ご住所 内  容
9710 6/12 taka21 防府市植松 長ねこ♪さんへ
貴重な懐かしい写真と思い出をありがとうございます。
時代を感じさせますね。

○蔵出しシリーズ その6
2004年12月21日の撮影。夕日の中の防府駅てんじんぐち。山陽楼も美しい。 冬の夕方16時21分、なんとなく懐かしく、そしてなんとなくちょっぴり寂しい風景。
2004年12月21日防府駅てんじんぐち山陽楼
9711 6/12  山口プラス 京都府京都市 taka21様ご無沙汰しています。
以前の投稿で、5月のGW明けに防府へお伺いする予定でしたが、都合で6月8日〜9日と、ひと月遅れになってしまいました。
所有する不動産の管理会社「(株)丸久」さんとの打合せの為でした。
思いの外、仕事が早く終わったので、ご紹介頂いていた“防府スカイツリー”へ行こうと考えていましたが、ツツジの季節が終わっていると、ホテル(ルートイン防府)の方からおしえられたので、阿弥陀寺のアジサイ祭りへ行き、本堂の畳の上で、ゆったりとした
贅沢な時間を過ごさせて頂きました。
もちろん、天満宮様へもお参りに行かせて頂きました。
自家用車で、自宅〜防府〜宮島〜岡山〜自宅で、走行約1,000Kmで、流石に疲れました。
でも、また行きたいと思っています。
9712 6/13 taka21 防府市植松 ○山口プラスさんへ
うれしい投稿ありがとうございます。
千キロは以前東京から帰省した時の距離ですが、それはそれはお疲れでしたね。しかし、車で来ますと、さまざまなSAや移り変わる道路の景色なども、新緑の季節も美しく、思い出になったのではないでしょうか。
阿弥陀寺よかったですね。 80種4000株のアジサイも歓迎したと思います。
宮島は、40年ぶりにこのGWに行きました。GW期間は大変に混雑していましたから、この時期でよかったのではないでしょうか。
ぜひ、次回はごゆっくりと防府へおいでください。
次は秋でしょうか。お待ちしています。

○蔵出しシリーズ その7
2005年1月19日の撮影。向こうに見えるのが、アーケード商店街南入口。天神1丁目1番地付近。今は、駐車場ですが、まもなく別の施設が建設されるようです。また、歩いてみたい町並みです。
なお、木原酒店さんは、今もほぼ同じ場所で営業されています。また、コロムビア美容室アークさんもお近くで営業されています。
2005年1月19日防府市天神1丁目1番地あたり。
2005年1月19日防府市天神1丁目1番地あたり。
9713 6/13 キャンディママ 滋賀県 英ちゃんさん
私も ビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア! は観ました。大変な人気で最初は立ち見で、人の頭越しでした。入れ替えがなかったのでそのまま残ると座ることが出来て、やっとゆっくりみました。大ファンの友達に押し切られた感でしたが、2回連続で見ると映画館を出てしばらくは、ぼーっとのぼせたみたいになってました。

そうそう華西中では、時々許可が出た映画は行ってよくて、三劇に行ったことがあります。あのころは学区から出るのは一大イベントで必ず制服でしたね。
9714 6/13 錦蓬莱 愛知県 5月31日向島小学校同窓会に出席、此の機会に子供時代の思い出を発掘の為、中浦と中関を訪ねました。
音楽を教わったN先生(旧姓M先生)が中関に御住まいとの事で、ご挨拶にとも思いましたが同窓会にご出席頂ける情報もあり失礼させて頂きました。先生は長兄とも向島小学校で同学年でもあったことから小生の記憶に強く残っていました。

○30歳代早々に急逝した小学校の級友が眠る中浦を先ず訪ね、防高を卒業して大手特殊鋼板メーカーへ就職して名古屋へ赴任してきた彼と酌み交わしつつ談笑した日々のことや、矢張り小生と同じ漁師の倅としての往事の苦労のこと等を思い出しながら、暫く海を見つめていました。
中浦を後にする時、半島の沖合いに浮かぶ佐波島をカメラに収め、記憶の記録の一つに加えました。佐波島は16歳離れた長兄が持ち舟で連れて行ってくれて、島の東端を南へ100mばかり迂回したところに上陸、若布・サザエ・鮑・海栗等の海の幸を戴いたのをあらためて思い出しました。
2012年5月30日佐波島(錦蓬莱さんより)

○中関では、小学校低学年の頃、持ち舟の船下ろしで行ったことのある「原田造船所」を訪ねました。
ご主人は生憎不在でしたが、奥様にお会いすることが出来ました。往事のことをお話しすると長兄のことも良く覚えて下さり「小田のヒサシさんとスエトミさんには、木造船建造の初期の頃からお世話になり、小田のみなさんは皆良いお客さんでしたよ!」とのお言葉を戴き感激しました。残念ながら、現在事業はして見えません。
帰りに、近くの「塩竈厳島神社」にお参りして、60年ぶりの中関訪問記念に南蛮樋の西南にある中関樋門等数ショットを撮りました。
2012年5月30日塩竈厳島神社(錦蓬莱さんより)
2012年5月30日新中関橋から南方・西泊方面の眺望(錦蓬莱さんより)
2012年5月30日中関樋門(錦蓬莱さんより)
2012年5月30日南蛮樋方面(錦蓬莱さんより)

○明くる日、お会い出来なかった「原田造船所」のご主人へご挨拶す可く再訪しましたが、ご夫婦とも外出された後でした。再訪することは前日電話をしていましたので、弟さんに会うことができました。小生をご覧になり、長兄そっくりだと言われたのには、前日に続いて二度目の驚きでした。

○今回、中関を訪問した結果、原田造船所の原田宏氏の他12名による「中関の歴史を学ぶ会」より、昨年12月「郷土史 ふるさと中関そして防府」(編・著「山田一男」)を発行されたことを聞き、中関公民館で購入しました。自治会長さん態々ご同道での購入(1冊*1,000円)でした。有難うございました。ご本は、A4版260ページからなる山口県・防府市史とも重ね合わせた浩瀚なものとなっています。
全体の30%が「中関小学校140年の歩み」と「防府・山口の方言」からなるユニークな歴史資料です。小学校の歩みの中では、卒業生の言葉や転入生(小牧市から!)の言葉あり、方言のところでは、taka21.comで飛び交っている言葉や昨今の状況等も掲載され興味深いものがあります。
中関公民館の電話は0835-22-9840です。未だ在庫は有るようです。興味をお持ちでいらっしゃる方はお電話で申し込みされては如何でしょうか?
「郷土史 ふるさと中関そして防府」(編・著「山田一男」)
9715 6/14 taka21 防府市植松 ○キャンディママさんへ
いつもありがとうございます。ビートルズは、貴重な証言です。防府の地元でも、このような熱狂的なことがあったとの記憶はみなさまにはあるとは思いますが、記録としては、たぶんないと思います。
私も華西中出身ですが、たしかに、制服で校区外にでていたことを思い出します。自転車で友達と一緒に行くのは、どこで食事をするとか、どこへ行くとか、本当に懐かしい思い出です。

○錦蓬莱さんへ

帰省の詳しいご報告ありがとうございます。60年ぶりの中関訪問、お兄様との思い出など、心温まる帰省でしたね。
本当にありがとうございました。
9716 6/15 taka21 防府市植松 毎朝、わずかの時間ですが、交差点に立っています。華城小の登校班の1年生が、「前歯が動き始めた(乳歯がぬけはじめた)」と喜んで話しかけてきました。
見守り隊の方と思わず笑顔になりました。
昨日は、プールの授業が始まったと教えてくれました。
彼も、今小学校時代の思い出を刻んでいるのでしょうね。

○蔵出しシリーズ その8
2003年11月6日17時13分の撮影。佐波小学校近くのモスバーガーとほっかほっか亭です。モスバーガーさんは、華城のコスパ防府へ移転。ほっかほっか亭さんは、残念ながら閉店された柴崎大福堂さん跡地へ移転されています。しかも、ほっともっとへ変わっています。
たった9年前とは思えません。
2003年11月6日17時13分佐波小学校近くのモスバーガーとほっかほっか亭
9717 6/17 英ちゃん 愛知県 錦逢菜さんへ
中関の写真をありがとうございました。私は南蛮樋樋樋問から50m離れた中関農協の建物に18歳まで住んでいましたのですごく懐かしいです。子供の頃は樋問の欄干の上から満潮時に川へ飛び込んでいましたしサヨリ、ボラ、うなぎ、チンタイ(正式な名前は分かりません)等が満潮になると泳いでいました。
20年代は近くに小さい魚市場もあり川の両岸に漁船もたくさん並んでいました。原田造船の話がありましたが、持ち船が完成し船おろしの時は両岸の皆さんに餅まきをしていました。塩竃神社は部落事に子供みこしを出し神社まで練り歩いたのですが、大人の目をかすめてみこしの一面を開けて部落通しブツカリけんかをよくしていました楽しかった。
中関小の北山手地区は華西中に進学し、その地区以外の人と向島小・新田小の3校が華陽中に進学でしたので、中学校の同期会があっても思い出せない人もたくさんいます。
防府市は山・川・海・グルメ。生活するには最高です。
9718 6/18 taka21 防府市植松 昨日の夏を思わせる天気は、今日からの雨の予報もあり、田植えが全て終わったように思います。あたり一面、田植えが終わった田んぼは見ていて、気持ちが良いものです。
今朝から、雨が少し降っています。
台風4号、そして、つられて移動しつつある台風5号の動きが心配ですね。

○英ちゃんさんへ

錦逢菜さんの写真は、よかったですね。
原田造船さんの餅まきや、お祭りはにぎやかだったでしょうね。昭和20年代の中関の情報の厚みが増します。ありがとうございます。
9719 6/19 錦蓬莱 愛知県 ○英ちゃんさんへ

 小生の投稿がお目に留まってうれしいです。中関訪問の機会にtakaさんの掲示板で話題が沸騰していた「南蛮樋」の一端をこの目で見て、往事の中関の繁栄の息吹や残影を確認しておきたいものだと思っていました。「南蛮樋」の地名もこの掲示板ではじめて知りました。

 英ちゃんさんが投稿されたNo.5150の中の写真で、橋の欄干に腰掛けて写っているのがありましたが、アレは今ではなくなっているようですが?英ちゃんさんを撮影された方の後方には、現在内崎建設があるのでは?小生の撮った写真に出てくる内崎建設さんの手前のコンクリートブロックの窪みから見ると、以前此処に英ちゃんさんが腰を掛けた橋があったようにお見受けしました。・・・とすると、中関西泊から「南蛮樋門」に至る入江の幅は昔はもっと広かった筈では?
子供の頃の視野は上下左右とも成人よりは狭いので何とも言えませんが、子供の頃見ていた入江の広さは今よりもっとあったように記憶しています。子供の記憶は余り中てになりませんが・・・。

 それにしても、「南蛮樋門」の上から海へ飛び込むなんて、凄いですね!小生、恥ずかしながら、漁師の倅にも拘らず小学3年生まで海で泳げませんでした。何をやっても人より遅く、チビでひ弱な小生は、走っても3番以内に入ったことは全くありませんでした。いつも、うすぼんやりしていて小学低学年の頃、皆の仲間に入って遊ぶようになったのは、魚釣りからです。英ちゃんさんの「チンタイ」は多分「クロダイ」とも「チヌ」とも言われている魚ではないでしょうか?

 小生の撮った写真でも凡そは分ると思いますが、漁船とレジャーボートと半々ですね。ブリッジの形も、「艫まわり」や「ミヨシ」を見ても見慣れた人にははっきりわかると思います。公園の近くにあった漁業組合もなくなって、水揚した魚も潮騒市場の方へ出しているんだそうですね。先般の帰防では、「佐じか」で2日連荘で鱧料理を戴きましたが、「鱧は向島郷ケ崎、カレイは向島小田が最高」と佐鹿さんに褒めて頂きました。夏の鱧は脂も乗って更に美味しくなるとのことでした。お盆で帰防されましたら、「佐じか」で「鱧料理」を召し上がって見て下さい。コースどの鱧を食しても全く骨を感じさせない、「獺祭」も頂いて最高でした。

防府で鱧珍味を賞味した“鱧とふぐ料理の店「佐じか」
2012年佐じか(錦蓬莱さんより)

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