防府出身者・在住者のための情報掲示板2013年No.980

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No. 登録日付 お名前 ご住所 内  容
9800 11/11 やまいも 横浜市 ○旧徳山市の映画館「テアトル徳山」が休館→中学の時か高校の時か忘れましたが、ジュリアーノジェンマの「荒野の1ドル銀貨」を観に行きました。誰と行ったのかまるっきり覚えていませんが、当時はマカロニウエスタンが流行っていたと思います。
○また映画の話題ですが、sensorさんが投稿されていました「あなたへ」は、私も観ました。原作本では山頭火の句がもっと出ていましたね。それも含め、読む本を2時間程度の観る映像として思いを表現するのは、とても難しいことだといつも感じています。健さんが、それなりに年を取っておられたのが少し寂しかったです。大滝秀治さんも残念です。
○今の会社に入って6年経ちましたが、最近になって、山口県出身の方がいらっしゃることを知りました。ご出身は光市です。話によりますと、ここもあまりパッとしないそうで、下松市の方がまだ元気が良いとか・・・。
○TV(テレビ東京系のワールドビジネスサテライト)からの情報ですが、
「株式会社おいでませ山口県」(代表取締役社長は、島耕作)なるものが立ち上がったそうです。<http://www.oidemase.or.jp/company/>
秋穂の数少ない企業の「木原製作所」(メインは乾燥機)さんが、紹介されました。四代目の若い社長が頑張っておられます。<http://www.kiharaworks.com/news/news.cgi?s=20121012114320>
9801 11/11 モアン 東京都新宿区 9775 9/29 植松っ子 さんへのコメントです。私も実は「こんな日には誰かを訪ねてみたい」という曲をずっと探しています。私は兵庫県の小学校に通い、現在は東京在住ですが、ちょうど先週、関西出張があり、当時通っていた小学校を訪問したのですが、わかりませんでした。損何分けでもう一度ネットで検索したところ、この掲示板にたどり着きました。私の記憶では「NHK」ではなく、TBS(毎日放送)主催の「子供音楽コンクール」で阪神地区の大会にこの曲で出場し、ラジオ中継されたのが、たしか昭和45年(小3)あるいは46年(小4)だったと思います。また私の記憶している限りの歌詞(毎日暗くなるまで連日練習しました。当時はそういう文化でした)では「こんな日には誰かを訪ねてみたい。こんな日には誰かを訪ねてみたい。白い月の11月、はまなすが、、、」でした。それから私も社会人になって1年だけ山口県宇部市に勤務、その時知り合ったのが家内です。この掲示板の情報、大変興味深く読みました。少しでも参考になればと思い投稿しました。
9802 11/17 植松っ子 防府市植松 モアンさん、情報ありがとうございます。
以前もこちらに書きましたが、合唱団員だった同級生数名に聞きましたが曲名が判明しません。
検索サイトで同様の質問がありましたがその時も判明しないままでした。

私の記憶の限りの歌詞を書き出してみます。
♪こんな日には誰かを訪ねてみたい〜(繰り返し)
 青いりんごをポクポク食べた・・・
 でもまだ何か何かしてみたい・・・
 こんな日には こんな日には〜

私の記憶では、例えたら、雨の日の日曜日のような
妙にやるせない曲だったような覚えがあります。
どなたかご存知の方がありましたら、よろしくお願いします。
9803 11/25 むー 富山市 実家を検索したらこのサイトに来ました
みなさん温かいお言葉で書いて下さってたのに感激!

玉屋模型店の娘です(^^;

もう70年も続いている店ですが、そろそろ店を閉めようかと母が言っています
毎日は開けていないようですが、半額でセールもしているとか…

この冬は数年振りに帰省して天満宮なぞ散策してみるつもりでいます
すっかり他県の人間になりましたが、やはりこうしてみると懐かしい町ですね

どうぞ母が存命の内に訪ねてやって下さい!
9804 11/30 taka21 防府市植松 明日から師走の忙しい毎日です。
○やまいもさんへ
ごぶさたしています。以前は、防府の高校生は徳山や山口へ週末に遊びに行くというような光景がありましたが、今は、逆みたいです。
防府市は、イオン防府(旧サティ防府)が駅前にある関係で、映画を見る高校生が集まってくるみたいです。実際、ワーナーマイカル防府で上映されるアニメなどは、県内では防府だけの上映ということも多いみたいです。また、イオン3階のアニメイトという専門店も週末は賑わっているみたいです。

さて、先週末は、法事で秋穂に行きました。静かな町並みでした。

○モアンさんへ
はじめまして。情報ありがとうございます。
私と同じ学年かもしれません。昭和36年生まれです。
そのころは、学校での練習も今と違っていたのですね。いつまでも、素晴らしい思い出ですね。ありがとうございます。
さて、今は宇部市と言えば、ご存じのとおり、エヴァンゲリオンです。
今後ともよろしくお願いします。

○植松っ子さんへ
情報ありがとうございます。
必死に探されたのでしょうね。そのお気持ちがわかります。
ありがとうございます。

○むーさんへ
うれしい投稿ありがとうございます。
お店の前を通りますが、最近は入っていません。中学高校時代は、よく行っていました。船のプラモデルが大好きで、購入していましたよ。今も、小学校6年生に玉屋さんで購入したドライバ(ねじ回し)をカバンの中に入れています。約40年間いつもカバンに入っています。
でも、お小遣いがなくて、箱を見るだけの時が多かったですね。それでも幸せでした。
工作のバルサ材を買ったこともあります。軽くて工作がしやすくてビックリしました。

この投稿を読ませいただいたので、またお店に参ります。
今後ともよろしくお願いします。また、先日、お祭りもありましたが、昔の思い出話とかあれば、教えてください。よろしくお願いします。
9805 12/10 taka21 防府市植松 ○山本栄一郎さんへ
お世話になっております。すみませんでした。
さまざまな行事が重なり、12月9日の講演会に参加できませんでした。大村益次郎、お聞きしたかったです。
ごめんなさい。

○2012年12月16日(日)は、第43回防府読売マラソン大会です。
昨日12月9日、華城地区の役員会に参加しました。華城地区のローソン前に、整理役員として立哨する予定です。選手ではなく、観客側を向いていますので、テレビに映ることもありません。
関西以西のテレビで実況中継もされます。
皆さまの応援をどうぞ、よろしくお願いします。
あの川内優輝選手も昨年に続き出場します。
9806 12/16 hana 防府市 takaさん、今日の防府読売マラソンのボランティア、お疲れさまでした。
天気で風もなく、選手のみなさんにとっては暑いくらいの天気でした。

優勝の川内選手、防府でのこの読売マラソンが再出発になってよかったです。
今年は沿道からの応援ですが、川内選手の姿をレンズにとらえる事ができました。
42番の選手はペースメーカーの選手です。
2012年12月16日防府読売マラソン大会(hanaさんより)
次の写真の山は右田ヶ岳です。佐波の近くの交差点近くでの写真です。

防府読売マラソンが終わると今年も終わりが近づいたと感じさせますね。
2012年12月16日防府読売マラソン大会(hanaさんより)
9807 12/17 taka21 防府市植松 ○hanaさんへ
ありがとうございます。よく写っていますね。
当日の役員としての着任場所は、裏道のコスパ防府の本屋さんの前付近で、コースの道路ではないために、選手の走りを見ることができませんでした。テレビ中継車の上半分と物陰よりちらっと見える選手だけでした。
応援に来られた方が、「川内選手が早かったよ」「川内選手は疲れていない」とか状況を教えて下さったのが、うれしかったですね。
その他の選手の応援用のボードを持参されていた方もいらっしゃいました。

今回の大会は、総選挙と日程が重なり、警察官の方の出動も必要最小限になったようで、私の地点は民間の警備員の方と一緒での交通整理となりました。
私も不慣れでもあり、ご迷惑をおかけしましたが、無事に大会が終わりホッとしています。
選手の皆さんはもちろん、ご迷惑をおかけした市民の方々のご協力、本当にありがとうございました。
写真は、スタート直後の私の交通整理地点です。この後、車が何台も来られて、回り道の案内をず〜としていました。
マラソン大会は、開票速報が落ち着いた深夜に録画で見ることができました。

そうですね。もう年末ですね。またの投稿をお待ちしています。

2012年12月16日防府読売マラソン大会
9808 12/21 taka21 防府市植松 ○テアトル徳山まもなく閉館
11月1日に閉館した山口市の山口スカラ座は、建物も壊されてしまい、あの映画館はあったのかどうかもわからないような感じです。
そこで、次に閉館する懐かしいテアトル徳山へ行ってきました。今月28日に閉館します。
2012年12月17日テアトル徳山
2012年12月17日テアトル徳山
9809 1/11 六甲おろし 静岡県  12/21に父が急に亡くなり、1/5まで防府で過ごしました。
前回、投稿しましたが10/20〜10/21に帰省したときの元気な姿が最後になりました。誰もがいつかは経験することとはいえ、(私の年齢〜44歳からしてもおかしくないとはいえ)そんなことは起こるはずないと誰もが思うことですよね。入院して10日まさかの急変でした。まだ信じられません。こんなに長く防府に居ることができたのも出てからは初めてのことでしたが、ドタバタして忙しく、故郷の空気をじっくり味わうことも出来ませんでした。残された母も大きな不安要素をかかえており、防府に住む姉に負担をお願いするしかありません。長男でありながら、遠くに住み何も出来ないのが自分の生活しか考えてないのがとても罪深く感じます。常に懸念していたことが現実となりました。思えば、父は「私達の心配は何もしなくていい。健康で自分の幸せだけ考えていればいい」と常日頃言ってくれておりずっとそれに甘えていました。似たような経験をされている方のお話をお聞きしたいと思います。
そういえば、「燃える闘魂さん」も似たような経験をされているのではないでしょう か? 具体的なお名前を出してすみません。皆さま方のお話をお聞かせ頂けたらと思います。これからは、ちょくちょく帰省しようと思います。今までの帰省は心を癒しリセット出来る 楽しい帰省でしたが、これからは厳しい現実に直面する重苦しい帰省になりそうです。新年早々 このような話題ですみません。

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