山口県防府市植松

taka21.comの山口在住メモ

山口に住んでいて感じたこと等を少々書くページです。

1997年1月13日のメモ

防府市とは、不思議な町です。
あまり、強力な個性を出していない町ですが、
それが個性になっているような町だと
最近感じます。 私より若い20代の方と話をしてみても、
第一印象は、おとなしいのですが、
どうしてどうして、いろいろな夢をもっていたり、
考えていたり、可能性を感じます。とくに、県内でも数少ないマルチメディアタイトル
を制作していますと、生まれたときにすでに、
「スーパーファミコン」があった世代でないと
ついていけない世界が来つつあります。防府市に、10年4月完成を目指して、井上山に
「青少年科学館」ができますが、
その未知の可能性を大きく育てる施設に
なってほしいと思います。若い世代に、能力を発揮する糸口を
つくってあげたい。
官庁ではなく、民間レベルの方がいいのかも
しれません。

1996年5月1日のメモ

防府市では、カネボウ、協和発酵、マツダと
大手の工場があります。
小学校の頃、市内の地図に工場のマークと工場名を書いたのも
思い出です。
カネボウ、協和発酵の煙突は、それはそれは、たくましく見えました。
マツダが進出したときも
近所であったこともあり、塩田跡地がみるみる変わり
感動を覚えました。

しかし、現在、カネボウ、マツダは調子がよくありません。
でも、心を許せる友達で勤めている方がいますが、みんな元気です。
青森などのように遠くからも来られています。
地元以外から同世代が来て、防府市はリフレッシュしています。
地元として、うれしい限りです。

早く、苦境を脱して、欲しいと思っているのは、私だけではないでしょう。


1996年4月10日のメモ

平成3年2月にUターンした時は、
「山口県は、保守的だ」と言われた時が多かったような気がします。
 実際、私もそのような思いをしました。
 しかし、あれから早5年・・・。

 山口も変わってきたような気がします。
 今は、異業種交流(業種の垣根をこえた交流)に
中小企業の経営者の方とお話しすると、日本の回りの環境も変化し、
みなさん、元気いっぱいにチャレンジしています。
 山口市と新南陽市の商工会議所の青年部の方も積極的です。
新しい息吹を感じます。
 「NEW YAMAGUCHI」が動き始めています。
今、あの吉田松陰の草莽崛起(そうもうくっき)のごとき動きが
山口の若いメンバーから起こっています。

1996年3月16日のメモ
山口県にUターンして早5年。
長かったといえば、長かったし、短かったといえば、短かった。
でも、ここまで山口にしっかりと生活の基盤を築けるとは
思わなかった。
全ての方々に感謝しています。さて、山口とはどのような所だろうか。
5年前は、東京と時間の流れの違いにいらだちもしたが、
今は、慣れもあると思うが、落ちついています。なぜか。一つは、場所が決めるのではない、全て自分が決めるのだ。
という確信というか決意のようなものが生まれた事。二つめは、多くの友達が生まれた事。
”保守的だ”との声も多い中、責任世代となりつつも
模索している多くの同世代の友がいる事。三つ目は、このインターネットのような
目覚ましい技術の発展が
距離を埋めてくれている事。
これは、1991年には考えられなかった。
こんな山口から全国に発信できるなんて・・・。大好きな故司馬遼太郎の「坂の上の雲」の中の
目覚ましい活躍をする前の高杉晋作の悩みに
”自分は天才であると信じているが、何の天才なのかわからない”
という箇所がありますが、
山口は可能性がありながら、発揮できてない・・・
ような気がします。中国5県の中心広島とアジアの望む九州の中心福岡の
間という絶好のポジション!
地震もめったにないし、温泉も豊富。やっぱり、いいなぁ。東京だって近いヨ。
山口宇部飛行場は、駐車場が無料です。
防府から飛行場まで、山陽高速道と有料道路で45分くらい。
車を乗り捨てて、東京へ1時間半。東京から戻ってきたら、そのまま車で帰宅。ラクチンです。
東京武蔵村山市在住時に比べると、果たしてどっちがいいのか・・・
と、思います。
・ ご意見ご感想をお待ちしています。 <taka21@taka21.com> まで。



 

TOPへ戻る

HPに戻る